お茶漬けの味 1952年小津監督作品

俳優、佐分利信が好きだ。

なぜだか自分でもその理由がはっきりわからないが、出演作品の中で見せる彼のたたずまいがとても印象的なのだ。

小津作品の中でも多くの作品に出演しているが、その中でもこの作品や戦前の「戸田家の兄妹」など特にすばらしいと思う。

この作品には43歳頃の出演であるが、役どころは大企業の部長役で実年齢以上の貫録を見せている。

この作品は一般的に、小津作品の中では評価が高いとは言えないが、メロドラマとしてはよくできている。

そもそもこの作品は戦前(1931年頃)に脚本化されたが、当時制作の段階で改めて検閲が入り、全面改訂を求められたため敢え無く制作が中止されたという経緯をもっている。
もともとのタイトルは「彼氏南京に行く」というもので、戦地に召集される夫を主人公にしていたようで、戦後に改めて脚本に手を入れて、南米へ出張に行く会社員の物語になっている。

物語りでは、見合いで良家の娘(木暮実千代)と結婚をした夫(佐分利信)は、妻には頭が上がらず、徐々に夫婦の間には溝が生まれていた。
そんな二人の関係をよく知っていた姪(津島恵子)は、見合い結婚には懐疑的であったが、見合いを母(三宅邦子)と叔母から勧められすることになってしまうのだが当日見合い会場から逃げ出し、叔父らの遊ぶところに合流してしまう。
その夜そのことを知った妻は夫を詰り、二人の関係はさらに悪化してしまう。
妻は翌日一人で旅に出てしまったが、急遽夫に南米への出張命令が下り、妻に告げる間もなく旅立ってしまった。
旅から帰った妻は、出張に旅立ってしまった事実にショックを受けうなだれるが、飛行機の故障により日本に引き返し、夫はその夜家に戻ってくる。

妻は夫に自分のわがままを詫び、以前には夫のお茶漬け(お茶をご飯にかけて食べる行為)を嫌っていた妻だが、この夜二人でお茶漬けを食べ二人の気持ちが通じ合うという結末を迎える。

ストーリーだけ追えば単純すぎるように見えるメロドラマで、それが作品の評価を落としているかもしれないが、もともと戦中に作られた脚本なだけに、作中にも戦争が影を落としている。

ストーリーの中で、戦死した友人の弟(鶴田浩二)に対して、就職の便宜を払いなにかと面倒を見たり、弟と連れ立っていったパチンコ屋の主人(笠智衆)が戦地でともに戦った部下であり、二人は座敷に招かれ、南島で過ごした当時を懐かしく回想するというエピソードが描かれている。
笠が今も戦争当時を引きずって生きている男として描かれているのに比べ、佐分利は当時のことを封印して戦後社会を生きている男として描かれているようで、そのためか、笠が懐かしそうに歌う戦地の歌に、指先で拍子を入れつつも、顔には複雑な感情が現れている。

その意味では、この作品も戦後社会を生きる人々の物語であり、それぞれが戦争の傷を抱えながら孤独に耐えているという姿が通奏低音のように聞こえてくる。

変更以前のもともとの脚本は戦中を舞台とした内容であり、夫は突然戦地(南京)に召喚されてしまうというストーリーであったろうと思うと、会社から急遽出張命令が下る社員というよりはさらにシリアスな展開であったろうことが予想される。

いかにも実直で硬派なイメージ(戸田家の兄妹など)のある佐分利信が、やさしげで妻に弱い男の背景にある人間味を見事に演じているところに惹かれるのである。

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