蒲田前奏曲 2020年公開作品

もちろん見てみようと思ったきっかけは、『蒲田行進曲』という深作欣二監督1982年の名作を思い出したからである。
原作者のつかこうへいが自ら脚本を執筆した当時大変ヒットした映画だった。

もう一つあるとすれば、最近日本の映画史的なことに関心があり、松竹の蒲田撮影所のことが気になっていたからかもしれない。

そう、もう一つあった。
以前観た新人監督の映画『逆光』の監督兼役者である須藤蓮が出演していたからでもあった。彼の名前で検索したらストリーミングにこの映画が現れたことが直接のきっかけだった。


だから、この映画が4編のオムニバス形式になっていて、それぞれ別の監督が全く異なった視点で製作されたものであることは観てから知ることになった。

4編のいずれの作品も監督は、若い新進気鋭であるということで誰一人知らない。

第一話「蒲田哀歌」の主演女優松林うららが、蒲田在住の売れない女優(蒲田マチ子)を演じ、映画オーデイション等で起こる不条理や、食堂のバイトで生活費をねん出しながら、女優としてなかなか目が出ない日常へのイラ立ちを経て、この街で成長していくストーリーである。

映画において、そのプレリュードとなる導入部は映画の成否をも決めてしまう程大切だが、この映画はその部分においてかなり成功している。
呑川の河畔に立つ巨大マンションをロングで映し出し、背後で女性が映画オーディションを受けるにあたっての制作会社との守秘義務を読み上げる音声が流れる。
茫洋として広がる街の景色に、緊張感のある女性の声が重なるこの部分は、後に現れるオーディションの光景に不安定な緊張感をうまく生み出している。

オーディションに疲れ、マンションに帰ってきたマチ子を迎えるのは、姉の所に転がり込んでいる弟(須藤蓮)であり、そこからは彼が手に持つハンディカメラの映像となる。
弟は大学教授から払下げでもらったカメラで姉の帰りを待ち受け、ドキュメンタリー監督のような質問をマチ子に浴びせ、疲れ果てた姉の姿を執拗に迫り辟易される。

次のシーンは、マチ子がバイトするラーメン屋が舞台となり、バイトする姉のところへ恋人節子(古川琴音)を連れて紹介する場面となる。
この場面でも、カメラは節子のバストショットとなり、彼女のインタビューが始まるが、この映像はハンディカメラのものではなく、撮影用カメラで撮られている。
「食べられるときに食べておかないと」とラーメンをお代わりする節子に、二人はあっけにとられるが、それ以上に彼女の持つ浮遊するような個性に惹かれてしまう。

このあと、カメラはラーメン屋「味の横綱」の店主夫婦のインタビューをドキュメンタリータッチに映し出すが、これがなんとも味のあるご夫妻で、長年ここで店をやってきた二人のリアルな日常を伝えているが、まさかこれが俳優さんが演じているとは思えないし、そうだったら別の意味でスゴイ。
映画を観た人はきっとこの店でラーメンを食べてみたいと思うに違いない。

次のシーンは、蒲田の街中でセリフの稽古をするマチ子の姿が映し出され、商店街の雑踏の中でカメラは再びマチ子のバストショットとなり、マチ子が自身を語る。

このあとの展開は、不可思議な節子に興味を抱いたマチ子が、節子の後を付けて務める病院を訪ねたり、逆に節子が再びマチ子をラーメン屋に訪ね、付き合ってほしいことがあると誘い出し、ノートに書き留め節子ののやってみたいことを二人で実現したりと、ストーリー展開に追いつかない場面があるが、別れ際にはマチ子もすっきりとしたような表情となり、オーディションでの役者のセリフを再びゆっくりと唱え歩くシーンで終了する。

「からっぽだから、私たちは、命という瓶に水を入れ、時折磨きこんでゆっくり満たしていけばいいんだよ」

第二話「呑川ラプソディー」は、昔の学友仲間と蒲田で久しぶりに会うことになったマチ子だが、なかなか芽の出ない俳優生活を素直には語れず見栄を張る
結婚と仕事という世代のテーマを抱えながらそれぞれがそれぞれの道を語るが、結婚を控えた友人が、みんなで行った風呂屋でばったり婚約者の浮気現場に遭遇し、そこから五人の女たちの抱える本音があふれ出し、収拾がつかなくなる。
舞台演劇のようなバタ臭さもあるが、女性たちの強い焦りと不安が映し出されている。

 

第三話「行き止まりの人々」では、再びオーディションに通うマチ子の日常が舞台となり、セクハラまがいのオーディション内容に憤慨し、一緒にオーディションを受けた女優黒川とともに爆発してしまう。
映画界にはびこるセクハラ体質を女優の視点から暴き、演者の熱演がリアリティを高めている。

第四話「シーラカンスはどこへゆく」は、それまでの流れとは直接関係ない設定で進むスラップスティックストーリーで、モノクロの映像で素人演者を相手にロケを進める監督の姿をコミカルに映している。
全く関係のないストーリーかと思いきや、最後にこの撮影に出ている子役のリコが、姉のマチ子に宛てた応援メッセージのモノローグとなっていた。

全編をそれぞればらばらの表現方法とテーマ設定だが、主演の松林うららが全編の企画とプロデュースに関わっており、ある意味現代女性の成長譚としてとらえることもできる。

蒲田行進曲に引っ掛けたこのタイトルのことを考えると、映画に魅了され、映画の世界で生きてゆくことを夢見つづける、若手の俳優や映画製作関係者にとつては、これが新たなプレリュード(前奏曲)となり、よりよい映画が作り続けられていくことを願ってはやまない。

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