しとやかな獣 1962年 川島雄三監督作品

ここで川島雄三監督の映画を取り上げていないことに気が付いた。

 

監督の作品はこれまで、『洲崎パラダイス赤信号』『幕末太陽傳』『雁の寺』『女は二度生まれる』を見たが、どれも素晴らしく唸らされる作品であったが、この作品もさらに素晴らしい内容で驚いた。

この映画の斬新な映像と演技のすばらしさはもちろん監督の力によるところ大だが、原作と脚本が新藤兼人であるところが本作品を特別なものとしているようだ。

この作品のドラマは5階建て団地の2Kの空間の中でほとんど進行してゆく。
この狭い団地の一室に暮らす住人は、老齢の夫婦とその子である兄妹だ。
オープニングは室内でこの夫婦がなにやらバタバタと家具を移動している場面から始まる。
息子が会社の金を横領したとして訪ねてくる会社社長から優雅な暮らしぶりを見て咎められないよう隠しているのである。
息子の横領した金の一部と、小説家の二号として送り出した娘に頼み込ませた借金で夫婦は生活し、小説家が二号のために買い与えたその団地にいつの間にか転がり込み生活している。

親子で詐欺行為をしているような家族であるが、親も子もそれが当たり前のように暮らしている。
息子を探し怒鳴り込んできた会社社長達の追求を右から左へと受け流し呆れさせ、なんとか帰らせ、何事もなかったように日常生活に戻る父親(伊藤雄之助)と母親(山岡久乃)。
そこへ、息子はちゃっかりと戻り悪びれもせずビールを飲む。その後には、妹が小説家から愛想つかされ返されてくる。


ここまでは、ドタバタ喜劇のように進んでくるのだが、親子で言い争いが始まり、父親が「また元のような生活に戻りたいのかと」言うと、一変ストップモーションのようなアップで母親の曇ったシリアスのアップから、息子、娘、父親へと続き「私はあんな雨漏りのするバラックの暮らしは二度とごめんだ、犬や猫よりもよっぽどひどい人間の生活ではない」というセリフに続く。

この家族が戦後大変な貧困の中で過ごしてきたという背景が明らかになる瞬間だ。
戦中は、海軍中佐で羽振りの良かったこの父親も、戦後一転して軍属の汚名の元零落し、家族とともに大変な辛苦の経験を持つ。

そんな過去を持つこの詐欺家族をさらに上回る悪事を働く者が登場する。
息子が横領した金を手練手管で吸い上げる愛人が、会社の経理を担う職員三谷(若尾文子)である。
三谷は、息子から巻きあげた金をもとに旅館を開業し、親子(5歳の子ども)と暮らすことを夢見ている。
三谷は、息子からだけではなく、会社社長や会社の担当税務職員(船越英二)からも、色香で騙し金を横領していたのだった。

ストーリーとしては最後まで悪事はバレず(小説家は娘と切れ、警察から呼び出しを受けた税務署職員は団地から飛び降り自殺する)、金ずるをすべて失ったこの一家にもしばしの安息が訪れるが・・


悪女を演じさせたら右に出るもののいない程、その美しさとしとやかさの陰にある悪魔的な表情を見せる若尾文子の演技を存分に引き出した監督はまさに確信犯だ。

人間の狂気が戦中から形を変え、戦後になっても途切れることなく続いているという社会の実像を、室内劇という限られた空間の中で、カメラアングルや明暗効果、巧みなモノローグや和楽器による劇伴など、これでもかというほどと画面に迫ってくる演出には監督の執念すら感じる。喝采


eiga.com